宮崎県:西米良村の隠田集落(一ッ瀬川)
地形の特徴

隠田集落,山間僻地,山地集落,ダム湖

地形の三次元イメージ : 西米良村・全景

「西米良村(米良荘)」は,九州山地脊梁部の東側に位置し,同じく山地西側の熊本県湯前町と背中合わせ,という山深いところです。
山襞に隠れるように小さな集落ができていて,第二次世界大戦前までは,主として山仕事と隠田による米作りなどで,生計を立てて来ました。
「一ツ瀬川」の上流にある「椎葉村」には,数十にも上る「隠田集落」がありましたが,西米良村にはそこまでの数は無さそうです(詳細は未確認です)。
西米良村を貫流する一ツ瀬川とその支流群は,何れも深いV字谷を形成していて,居住や耕作に適した「河成段丘」が少ないのかもしれません。
地形の三次元イメージ : 西米良村,村所からの人吉市や椎葉村方面

江戸時代, 「米良荘」は肥後・人吉藩領でした。 「板谷川」を遡り「横谷峠」を通過すれば,そこは湯前盆地(熊本県湯前町)です。
それに比べると,「一ッ瀬川」を遡って「椎葉村」に行く方が,はるかに険路のように思えます。
現在でも,下流の「西都市」や上流の椎葉村方面に向かう国道より,湯前町方面へ向かう国道の方が,整備状況は良好です。
地形の三次元イメージ : 西米良村,村所からの一ッ瀬川下流方面

米良荘から宮崎県の中心部へ向かうには,一ッ瀬川沿いに「西都市」まで行く必要があります。
「一ッ瀬ダム湖」に沈んだ細い道を延々と走ったことでしょう。
一方,同じ西米良村内でも,一ツ瀬川の有力な支流である「三財川」の上流にあたる「河口川」の流域には,集落が見当たりません。
居住や耕作に適した土地が無かった,あるいはかつては存在したが廃村となった,のいずれかと思われます。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 隠田集落(おんでんしゅうらく)とは,平安時代の末期から江戸時代の初期頃まで,戦争に負けた武士が一族郎党を引き連れて,外部との接触が極めて少ない山奥(山間僻地)などに移住して開発した田地のことです。 隠れて開いた田,から名づけられました。
  • 岐阜県の白川郷,富山県の五箇山,徳島県の祖谷渓,熊本県の五家荘と五木村,宮崎県の椎葉村と米良荘が特に有名ですが,その他,奈良県の十津川村,福島県の檜枝岐などにも隠田集落が存在します。

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