島根県:中海と宍道湖(いずれも潟湖)
地形の特徴

潟湖(ラグーン),汽水湖,三角州,砂嘴

案内図用三次元イメージ : 島根半島と中海・宍道湖

「宍道湖」も「中海」も共に「潟湖(ラグーン)」です。
更新世最末期(約1.1万年)頃までは,海面が低いために中国山地と島根半島の間は,陸続きの低地でした。
その後,海面の上昇に伴い,「古宍道湾」と「古中海湾」ができました。
更に,「斐伊川」が運んだ大量の「マサ」によって,巨大な「三角州(出雲平野)」が作られました。
一方,「日野川」が運んだ大量の「マサ」によって,巨大な「砂嘴(弓ヶ浜)」が作られました。
最後に,斐伊川の洪水をきっかけで,川の流れが西向きから東向きへと変わったため,
宍道湖と中海は上流下流の関係になる一方,二つの湖の湖面の高さがほぼ同じとなって,いずれも「汽水湖」となりました。
地形の三次元イメージ : 中海

中期更新世(約19万年前)に玄武岩溶岩が噴出してできた「大根島(だいこんじま)火山」の頃,中海はありませんでした。
更新世彩末期以後,海面の上昇によって,現在の「塩楯島」付近に達する「古中海湾」ができました。
その後,砂嘴の成長が始まり,島根半島に達することで古中海湾は潟湖(ラグーン)となり,現在に至っています。
地形の三次元イメージ : 宍道湖

更新世彩末期以後,海面の上昇によって,現在の神戸川河口付近を湾口とする「古宍道湾」が形成されました。
その後,斐伊川が運んでくる大量の「マサ」が巨大な三角州を形成したため,古宍道湾が「古神門湾」と「古宍道湖」に分かれました。
江戸時代の寛永年間(1635年と1639年)に発生した大洪水によって,それまで古神門湾に流れていた斐伊川が(古)宍道湖に流れ込むようになりました。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • (須藤2010)によると,更新世の最末期(約11千年前)頃までは,宍道湖も中海もありませんでした。
  • 縄文時代早期(約7千年前)頃に始まった海面上昇に伴い,現在の神戸川河口付近を湾口とする「古宍道湾」ができました。
  • その後,古宍道湾に注ぐ斐伊川河口に巨大な三角州が形成されたため,古宍道湾は潟湖である「古宍道湖」ができました。
    なお,湾口付近は「神門水海」と呼ばれています。
  • 弥生時代以降,斐伊川からの土砂が古宍道湾の残りを埋める一方,日野川からの土砂の供給で「弓ヶ浜」が形成され初めました。
  • 奈良時代以降,現在の宍道湖と中海の形ができあがりますが,この時点の斐伊川は,神戸川と同じく西側の日本海が河口でした。
  • 江戸時代の寛永年間(1635年と1639年)に発生した大洪水によって,斐伊川が東遷し,宍道湖に直接流れ込むようになりました。
    この結果,宍道湖側の三角州が形成されると共に,しばしば宍道湖の水位が上昇して洪水が多発するようになりました。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】