石部隊野戦病院分院の壕 那覇市識名4丁目
記録写真 2016年11月,2018年5月
 
 病院(分院)として使用されたガマの入口。 千羽鶴などは修学旅行の生徒が備えたものだろう。  撮影:2016年4月。 
360度パノラマビューかこちらにあります。 是非、ご覧下さい。

坑口部分を中から見たところ。 左のブロックは拝所と拝壇。 床はしめっており,かなり滑る状態。 撮影:2016年4月。

天盤や壁で茶色く変色している部分は,戦後に崩落したと思わます。 天盤は煤だらけで,比較的安定しているようだ。
修学旅行の生徒が体験学習で入る壕のためか,床はかなり締め固められている。    撮影:2016年4月。

誰でも自由に入れる壕のせいだろう。 「死」の落書きが5年以上も前に書かれているし,今もそのままなのが悲しい。   撮影:2018年5月。

撮影:(左)2013年1月。              (右)2016年4月。
 
奥に続く鍾乳洞その1。 鍾乳石が切り取られていますが、切断面もすすで汚れているので、壕として使う際に、と思います。 撮影:2018年5月。

奥に続く鍾乳洞その2。 5mほどでその1に繋がっています。 赤茶けた壁の部分は、戦後に崩壊したものでしょうか。 撮影:2018年5月。

遺品と思われるものが並べられていました。 1フィートの会の報告では無し、とありますが。 撮影:2018年5月。

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記 事

「識名の壕」とか「識名壕」として呼ばれているガマです。 本土の高校や中学校の修学旅行では,戦争体験のためにしばしば利用されているようです。

煤で黒くなっているところは米軍の火炎放射器で焼かれた跡,茶色のところはその後崩落によって色が落ちたのではないかと考えています。

うたきの拝壇はガマの中にあるせいか,施錠などはされていないので誰でも自由に入れます。 自由入壕の良し/悪しの例が写真に写っています。

ここは,遊びの場ではありません。

地下壕の概要
1フィート運動の会 活動報告(調査日:92.10.18) No.23
 ・様  子:民家の下,全長約20メートル。 入口1カ所。 奥の方は土砂が流れ込んでいる。 拝所。
 ・形  態:自然壕
 ・使用者:野戦病院
 ・遺  品:なし
 ・土  質:琉球石灰岩
関連情報
① 戦禍を掘る 出会いの十字路-[179 石部隊従軍看護婦(上)]傷兵のうめき今も-琉球新報:
Okinawa caving & gama guide [識名壕]
③ 「識名壕」,沖縄の戦跡ブック『ガマ』,pp.66-pp.67,沖縄県高教組教育資料センター編集,2009年,ISBN978-4-903042-16-9
那覇市立教育研究所の公開資料(真和志地区 No.3)
発行日 : 2018年6月1日
(執筆・編集)地質情報整備活用機構