大阪府:古市古墳群と誉田断層
地形の特徴

人工構築物,古墳,段丘面,新規断層変位地形,断層崖

地形と都市圏活断層図の三次元イメージ : 古市古墳群と羽曳野丘陵
‼マウスオーバー‼    地図上にマウスを乗せてください。国土地理院の「都市圏活断層図(出典,下記)」を表示します。

最も規模の大きな「応神天皇陵」の場合,西側の環濠の部分が「沖積低地」に築造されましたが,古墳本体は「下位段丘面」上に築造されました。
その他の陵墓と古墳は,「下位段丘面」上に築造されています。
すなわち,西側の「仲哀天皇陵」~「日本武尊陵」は,「羽曳野丘陵」の北側に広がる「下位段丘面」に,
東側の「允恭天皇陵」~「安閑天皇陵」は,「誉田断層」の東側に分布する「下位段丘面」に築造されているのです。
地形と都市圏活断層図の三次元イメージ : 古市古墳群と羽曳野丘陵
‼マウスオーバー‼    地図上にマウスを乗せてください。国土地理院の「都市圏活断層図(出典,下記)」を表示します。

「寒川(1986)」は,1510年9月21日(永正7年8月8日)に発生した「摂津 ・河内地震」で,応神天皇陵(誉田古墳)が変位した,と推測しています。
地形断面図 : 応神天皇陵

「応神天皇陵」の西側の「環濠」は「沖積低地」をそのまま利用し,陵墓本体は,「断層崖」で一段高い「下位段丘面」上に築造されています。
環濠(お堀)掘削に要する労力を省いたであろうことがよくわかります。
なお,「前方部」には「誉田断層」が動いたことによる痕跡(断層崖)が残っています。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 各陵墓と古墳が段丘上に建設されている理由として,「基礎となる地盤が軟弱ではない」に加え,「地下水位が深い」と思われます。
  • 一方,「羽曳野丘陵などを構成する大阪層群の残丘を利用した」,という説も存在します。 この方法だと,土盛りする手間がなくなります。
  • 「石川」と合流した後の「大和川」は,1704年(宝永元年)2月からの付け替え工事によって人工的に開削された「放水路」です。
    従って,古墳時代には当然存在しませんでした。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】