大阪府:古大和川と河内平野
地形の特徴

河内平野,三角州,網状流,河道付け替え,河川改修,川違

古地形図(標高段彩図)の三次元イメージ : 河内平野と古大和川

旧柏原村で「石川」を合流した「古大和川」は,三方を山や丘陵で囲まれた「河内平野」に流れ込みます。
河内平野の北側一帯は殆ど海抜ゼロメートルに近いため,古大和川は「三角州(デルタ)」のような「網状流」となって北流していたのです。
その痕跡が古地形図には残っているようです。
上町台地の近くを流れていた「古平野川」,平野のほぼ中心を北上する「古長瀬川」や最も生駒山地寄りを北流する「古玉串川」などです。
いずれの河川(古大和川の分流)も同時には流れてはおらず,氾濫の折にそれらのうちのどれかの河川に集中して流れていた,と想像します。
地形と治水地形分類図の三次元イメージ : 河内平野
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。国土地理院の「治水地形分類図(出典,下記)」を表示します。

国土地理院から公開されている「治水地形分類図」を眺めると,「古大和川」の各分流を「微高地(自然堤防)」として追跡することができます。
本来,自然堤防は河道の脇であつて水の流れた場所ではありませんが,「河内平野」の古大和川は「天井川」であったため,
微高地そのものが古河道と見なしてもよいのでは,と考えられるのです。
羽曳野丘陵などから北流してきた「西除川」や「東除川」等も,上町台地を越せずに,古大和川に流れ込んでいたことがわかります。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 現大和川は,1704年(宝永元年)2月からの付け替え工事により,わずか8ヶ月間で開通しました。
  • しかし,付け替え後,大和川の左岸では排水能力不足となって,洪水が頻発するようになりました。
  • また,大和(奈良)盆地から流れてくる土砂が大阪湾に直接流入するようになり,堺港の水深が浅くなって港として利用しづらくなったそうです。
  • 「功罪あり」の河川改修だったのですね。

【引用情報】

【参考情報】

  • 参考図書:そしえて文庫93,地図の風景 近畿Ⅱ 大阪・兵庫,pp.47-51.,そしえて刊,1980年9月10日
  • 大阪府柏原市 > 大和川の歴史

【お断り】