埼玉県:埼玉古墳群
地形の特徴

古墳,沖積低地

地形(標高段彩図)と都市圏活断層図の三次元イメージ : 埼玉古墳群,八幡山古墳及び小見真観寺古墳
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。国土地理院の「都市圏活断層図(出典,下記)」を表示します。

利根川中流部の右岸側,行田市の市域には「埼玉古墳群」,「八幡山古墳」,「地蔵塚古墳」や「小見真観寺古墳」などの古墳が散らばっています。
埼玉古墳群は,「旧忍川」の右岸に広がる「沖積低地」に作られています。 不思議なのは,なぜか「河成段丘面」を避けているのです。
なお,この付近は沈降帯に属しているので,古墳ができてから1m強沈下しているようです。
「八幡山古墳」,「地蔵塚古墳」や「小見真観寺古墳」については,こちらをどうぞ。
地形(標高段彩図)の三次元イメージ : 埼玉古墳群

「埼玉古墳群」は,9基の大型古墳で構成される古墳群で,国の特別史跡に指定されています。
9基のうち前方後円墳が8基,円墳が1基と言う構成になっています。 古墳の高さは,最大の「二子山古墳」で約14mです。
資料によると,古墳が建設されたのは5世紀末から7世紀にかけて,と言われています。
古地形図[関東地方平野迅速測図] : 埼玉古墳 群

明治初期の「関東地方迅速測図」においても,合計9基の古墳が図示されています(愛宕山古墳のみ不記載)。
ただし,形はあまり正確ではなさそうですが,それでも「円墳」と「前方後円墳」の違いは判ります。
中央にあって最も規模の大きい前方後円墳には「環濠」がありません。明治時代の初めごろには埋め立てられていたのかもしれません。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 関東平野では,新第三紀・中新世の中頃(約1千万年前)から現在まで,沈降運動が続いています(関東造盆地運動)。
  • 最初は南部が沈降の中心でしたが次第に北部に移動し,現在は「妻沼(めぬま)低地」あるいは「加須低地」が中心と言われています。
  • 埼玉古墳群のある「旧下忍村(しもおし村)」付近は,加須低地の西の端に位置しており,古墳ができてからでも1mないし1.5mは沈下したようです
  • 従って,「石室」などの入り口が,洪水の度に運ばれてきた軟弱土で埋まってしまった可能性もあります。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】