埼玉県:八幡山古墳,地蔵塚古墳,小見真観寺古墳
地形の特徴など   

埋没地形,消滅地形

地形(標高段彩図)と都市圏活断層図の三次元イメージ : 行田市域北部
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「1/20万 シームレス地質図(出典,下記)」を表示します。

関東平野では,新第三紀・中新世の中頃(約1千万年前)から現在まで,沈降運動が続いています(関東造盆地運動)。
最初は南部が沈降の中心でしたが次第に北部に移動し,現在は「妻沼(めぬま)低地」あるいは「加須低地」が中心と言われています。
八幡山古墳のある「旧若小玉村」は,加須低地の西の端に位置しており,古墳ができてからでも1mないし1.5mは沈下したようです。
地形(標高段彩図)の三次元イメージ : 八幡山古墳および小見真観寺古墳

当時の地表面が沈降すると,河川の氾濫時に土砂が堆積します。これが繰り返されると,古墳の高さは見かけ上低くなります。
巨大な石室を持つ「八幡山古墳」ですが,沈降によって入り口が埋没してしまった後は,普通の丘に見えてしまったのでしょう。
戦後,工業団地を造成するために多くの古墳は次々と破却されました。
現在では,「八幡山古墳(石室)」,「地蔵塚古墳」と「小見真観寺古墳」だけが残っているだけのようです。
古地形図 : 若小玉古墳群(消滅古墳群)

記録によると,「若児玉古墳群」は,3基の前方後円墳と8基の円墳が存在していました。
しかし,明治初期の「関東地方迅速測図」では,5基ないし6基が図示されているだけです。
明治以前にも,破却された古墳があったのかもしれませんが,詳細は不明です。
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