1989年~1991年 大谷石採取場跡地で起きた3箇所の陥没
地形と地質の三次元イメージ : 宇都宮市大谷地区
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  • 宇都宮市の大谷地区を中心として分布する通称「大谷石」は,新第三紀 中新世の大谷層(Ot : 流紋岩火山礫凝灰岩・凝灰岩)のことを指します。
  • 比較的空隙が多く加工し易く,耐火性もあるために,主に建設用資材として戦前・戦後を通して多量に採取されてきました。
  • 図中に「平和観音」と記した付近で,凸凹の多い丘陵全体が「大谷石」なのですが,下図のように緩く東側に傾斜しているために,地質図の「Tk:宝木段丘堆積物」の地下にも広く分布しています。
    もちろん,①~③の各マークの地下にも分布していて,過去に採取が行われた結果,一連の陥没が起こったのです。
【参考】大谷石の採取方式と陥没の模式図
  • 地表に露出している「大谷石」を掘り尽くすと,地表から「竪坑(立坑)」を掘削して,地下に分布する大谷石を採取するようになりました。
  • 地形図の中に赤い矢印で示した3箇所は,近年に発生した「陥没」の概略位置です。 注 これら3箇所の詳細は以下に示します。
  • 陥没が発生した,ということは採取場を閉めた後も空洞をそのまま放置した,ということを示しいます。
    かつて「鹿屋市笠野原」で第二次世界大戦時の防空壕を放置したために起きた,陥没による死亡事故と,根本のところは同じと言えます。
    違いは,海軍が掘ったのか,民間の採取業者が掘ったのか,だけです。
  • 坑内採取方式では,掘り残し(残柱)によって天端を支えていますが,残柱を細くしすぎたり,天端の厚さを薄くしすぎると,残柱や天端に亀裂が入る亀裂が大きくなって岩片が剥離して落下する などの劣化が急速に進みます。
  • これらの3箇所の陥没の原因は,残柱か,天端か,あるいは両方であった,と事務局は考えています。
最近の大谷石採取場の陥没
  • 大谷石採取場跡地では,1989年2月から1991年4月にかけて,合計3箇所(A~C,D,E~F)の陥没と1箇所(G)の沈下が発生しました。
    何れも,坑内採取のために残されていた柱(残柱)の破損,あるいは天端の抜け上がりが原因で陥没が発生したと考えられています。
  • 1989年2月10日から3月18日にかけて「坂本Ⅰ地区」で発生した一連の陥没は,一般道と農地が陥没範囲の中に含まれており,人的被害の無かったのは全くの偶然で,実に幸運だったのです。
  • この陥没が契機となって,栃木県は大谷石採取場跡地を監視するための観測システムを導入しました。 現在でも,監視業務は継続されています。
  • 1990年3月29日の「坂本Ⅱ地区」の陥没は,観測システムが稼働してから約5ヶ月後でした。
    陥没の約2ヶ月前から天端からの落石が増え始め,3月27日には立ち入り制限が実施されたため,この陥没での人的被害はありませんでした。
  • 1991年4月29日の「瓦作地区」では,陥没の約1ヶ月前から岩石落下の回数が急増し,4月26日に付近一帯の立ち入り制限が実施され,こちらも人的被害は発生しませんでした。
  • 左は,1989年2月10日から3月18日にかけて「坂本Ⅰ地区」で発生した,一連の陥没(A~C)の北東壁の状況です。
    地表を覆う「表土」の下は茶色の「(関東)ローム層」です。 その下には黒っぽい「旧表土層(らしき層)」と「砂礫層」が分布し,その下が「大谷層(Ot)」と思われます。
  • 右は,1990年3月29日に「坂本Ⅱ地区」で発生した陥没(D)の北東壁の状況です。 オタマジャクシ状の形をした陥没穴です。
    崩壊部分がアーチ状なので,砂礫層の直下にある大谷層の厚さ(採取場の天端厚)が足りなかったので陥没したのでは,と想像しています。
  • 1991年4月29日に瓦作地区で発生した大規模な陥没の状況です(E~G)。
  • 小さな川から陥没孔の中に川水が流れ込んでいますが,この小川付近から東側の地表が写真に写っていません。 この範囲が深さ20mです。
  • 陥没の深さが深いということは,残柱による支えが無くなっていたか,無いに等しいことになり,この大陥没はこの部分から始まったのかもしれません。
【参考事例】大谷石採取場跡地の地震による落盤
  • 左は,1991年に「大谷資料館」の前庭で撮影された「横坑・坑内採取方式」による採取場の跡地です。
    すでに,手前の部分を含め天井(天端)の一部がアーチ状に崩落しており,いずれ天端が崩落(落盤)するだろうと,噂されていた跡地でした。
  • 右は,2014年12月の撮影です。 脚注にも示したように,2011年3月に発生した「東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」による揺れ(震動)によって,天端が大きく崩落してしまいました。
    写真を見る限り,天端の厚みが1m~2m程度しかなさそうです。
    この程度の薄さでは,例え地震に襲われなかったとしても,天端を長期に安定して 支えることはできなかったでしょう。
【引用情報・参考情報】

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】

  • 本ページは,従来「1991年4月 宇都宮市・瓦作地区 大谷石採取場跡地陥没」として公開していたページを,改題の上,最新の知見を基にして内容を更新しました。