1987年6月 層雲峡小函の天城岩の崩落(層雲峡 小函 天城岩 崩落災害)
現場写真:崩壊後の天城岩
  • 石狩川,層雲峡の「天城岩」とは,石狩川の上流,「小函」の左岸側に屹立する岩壁のことです。
  • 小函付近に分布する「層雲峡溶結凝灰岩」は,凍結融解による影響や石狩川の侵食を受けやすく,左岸側は殆ど垂直の断崖絶壁となっています。
  • 1987年(昭和62年)6月9日の早朝,天城岩の一部が崩落しました。
  • 崩落した岩石は約11,000m³にも及び,石狩川や対岸の国道を埋め尽くしました。
  • 折から通行中だった自動車やサイクリング中の自転車が巻き込まれて,3名が死亡し重軽傷者が6名発生しました。
  • 国道に直接影響があった岩盤崩壊事象という点で,飛騨川のバス直撃事故や積丹半島の豊浜トンネル事故を思い出します。
地形と地質の三次元イメージ:層雲峡核心部
三次元地形図上でマウスクリックすると「5万分の1 地質図幅『大雪山』出典,下記)」を表示します。 ダブルクリックで元に戻ります。

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  • この付近の地質は,火砕流堆積物(層雲峡溶結凝灰岩:So層)で,冷却に伴う 柱状節理 が発達しています。
  • また,溶結凝灰岩の下位には「後期白亜紀~古第三紀の粘板岩(日高累層,付加体)」が存在し,溶結凝灰岩の言わば支えとなっています。
  • 節理面に進入した水が冬期に凍結して膨張し,春に融解するという「凍結融解現象」による節理面の剥離が,大規模崩落の原因と考えられます。
  • 年代の古い粘板岩(シームレス地質図では混在岩)は,溶結凝灰岩に比べると風化に弱く,写真にも写っているように 支えになっていないところ も随所に見られます。
地形の三次元イメージ : 天城岩とその周辺部
  • 天城岩天辺の標高は約888m,層雲峡小函の河床標高は約665mなので,標高差(岩の高さ)は220m余り,となります。
  • 写真では大したことがなさそうですが,実際は超高層ビルほどの高さがあるのです。
  • 以下の写真にも写っていますが,柱状節理の下の部分から剥離・崩落することがままあります。
  • この天城岩がどのようにして崩落したかよくわかりませんが,。
【現場写真】

別線トンネルの完成により,現在は見ることができなくなった小函~大函間の岩盤斜面です。 柱状節理の岩壁が続いています。

旧大函橋からの大函と当時の大函トンネル。 ここへは新道から行けそうです。

溶結凝灰岩の柱状節理。 剥離して崩落している岩塊が随所に存在していました。 赤色を呈している岩壁は 剥離崩落の跡 です。
(左)下部の傾斜地は,崩落した岩塊や岩屑などが堆積した「崖錐(がいすい)」です。 滑落崖があるので,安定はしていませんね。
(左)道路近くの溶結凝灰岩の柱状節理です。 赤色の部分は最近崩落した跡です。 下から剥離している例です。
  (右上)柱状節理の動きを検知するための「亀裂計」です。岩盤は,予兆の無いことが多いのですが,うまくいったのでしょうか。
(右下)随所に見られる六角形の落石(柱状節理)です。 これだけで100ton位はありそうですね。

小函のやや下流,旧道の対岸に屹立する「天柱峰」です。 どう見てもローソク岩ですが,・・・。
溶結凝灰岩の柱状節理の,1本か数本だけが崩落せずに残っているものです。
と,言うことは,層雲峡溶結凝灰岩層の厚さはもともとあそこまであった,ということになりますね。
【記事・引用情報・参考情報】

【記事】

  • 写真は1991年11月に撮影しました。
  • 崩落事故を受けて急遽新道トンネルが建設され,撮影当時は既に廃道となっていた国道39号を歩いて現場まで行きました。
  • このページの写真は全て,どなたでもご自由にお使いください。 出典を明示していただければ幸いです。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】

  • 本ページは,従来「1987年6月 層雲峡小函天城岩崩落」として公開していたページを,改題の上,最新の知見を基にして内容を更新しました。