那覇市のガマ・特殊地下壕の特徴
特 長
本ウェブサイトで公開している那覇市のガマ・地下壕の特徴を下表にまとめました。 何かの参考にしていただければ,幸いです。
項  目 該 当 地 下 壕 備  考
対策済み地下壕 9, 10, 11, K17, 24, 25*,27?, 29, 30, 31, 32, 44*, 47*, 52, 54, 55. 56, 57,
60, 61, 62, 63, 64, 74
*は,一部対策済み
No.27は,未確認
琉球石灰岩の地下壕 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, k17, 18, 19, 20, 21,
22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40,
41, 42, 43, 44, 45, 46, 47, 48, 49
ニービとの重複もあり
ニービの地下壕 46, 50, 51, 52, 53, 54, 55, 56, 57, 58, 60, 61, 62, 63, 64, 70 石灰岩との重複もあり
地下水がある地下壕 22, 33, 38, 39, 60, 61 当機構確認分のみ
位置が不明確な地下壕 4, 5, 12, 15, 16, 17, 36, 40, 58 地図上の位置は不正確
戦争遺跡とすべき地下壕 1, 2, 26, 28, 38, 41, 51, 58, 当機構独自の案
お断り 当機構による調査の進行により,予告無しに変更する場合もあります。 ご利用に当たっては最新版を確認ください。  最終調査日:2016年4月8日

注1: 地下壕の番号は,『一フィート運動十0周年記念誌』に掲載されている番号をそのまま利用しました。
  首里城内から始まり,その周辺から市内中心部に進み,田原や宇栄原を含む小禄地区が最後尾になっています。
  その後に行われた那覇市史跡巡り案内講師による『那覇市内戦跡(壕)分布調査報告書』や,那覇市が進めている「特殊地下壕対策調査・測量・設計と同工事」においても,この番号が踏襲されていました。
  那覇市の資料では,80を越える地下壕が存在していますが,75番以後についての詳細が公表されていないので,ここでは掲載しませんでした。

注2: 地質は,国場川の北側である首里地区,識名地区,繁多川地区,牧志地区及び楚辺地区は「琉球石灰岩」です。 従って,自然由来のガマ(鍾乳洞)をそのままあるいは人工的に拡幅したりして,地下壕(当時は防空壕)として利用しました。
 国場川の南側は山下地区を除き,概ね「ニービ(小禄砂岩)」が主体で,部分的にクチャ(風化泥岩)が出現しています。 このため,小禄地区の地下壕は,全て人の手で掘削されており,その意味ではガマではありません。
 なお, クチャは琉球石灰岩の下位にも分布しているため,那覇市内のほぼ全域に存在すると考えられます。
 これらの地層の中で最も水を良く通す地層は琉球石灰岩の空洞部,次いでニービです。 クチャは「不透水層」に分類されているように殆ど水を通しません。 このため,クチャ層に穴を開けて水を溜める井戸として利用されています(水が湧き出す井戸ではありません)。

ガマと地下壕の電子地図
ガマと地下壕の状態:  残置されている   埋戻されている   場所が未確認   平和教育等に利用されている  :いずれも当機構の調査による
小禄地区の終戦直後の地図(米軍撮影・調整)を重ね描きできます。
小禄地区の古地図(1947年米軍撮影)
薄い          濃い
  
入手した古地図(イメージ)はひずみが大きい上に,現在の地形や街区とは大きく異なっていて対比が困難です。 
正確性に欠けるため,見取り図程度とお考えください。
発行日 : 2017年8月31日
執筆・編集 : 特定非営利活動法人 地質情報整備活用機構(GUPI)