昔は生活の場であったという 類型:歴史
  抜海岩(ばっかいいわ) 北海道稚内市
【奇岩の写真】

南側の国道からの「抜海岩」です。 岩は天辺だけで,傾斜の部分は土砂にも見えますが,実際は岩のようです。

「抜海岩」本体の拡大写真です。 動物が吠えているようにも見えます。
【謂われ,特徴,エピソード等】
  • 現在は稚内市となった旧抜海村の抜海漁港のすぐ後に,この奇岩はあります。
  • 丸く草の生えた小山の上にこの奇岩が乗っているのは,ちょっと異様な光景です。
  • バッカイとはアイヌ語で「子を背負う・もの」という意味ですが,この奇岩の名がそのまま村名になつた,と言われています。
  • 「抜海岩」の下には「海食洞」があり,先史時代の遺跡があることがわかっていました。
  • 昭和38年に行われた発掘調査で,オホーツク土器,擦文式土器や続縄文式土器などが確認されました。
  • 現在では,稚内市により「抜海岩陰遺跡」として指定されています。
【地形と地質の三次元イメージ】
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「5万分の1地質図幅『抜海』(出典,下記)」を表示します。

【奇岩周辺の地形と地質】

  • 「抜海漁港」の南側では,地質図が作成された1965年から現在までの間に,海岸線が200m~300mも前進しています。
  • 南側からの「沿岸流」によって運ばれて来た「砂」の量が如何に多いかがわかります。
  • 地質図によると,肝心の「抜海岩」は「砂丘」に埋もれてしまっています。 1/5万地質図では,「転石」と評価されていたのかもしれません。

【奇岩の特徴】

  • 新第三紀後期更新世(約1万8000年前)以後に堆積した堆積層の「更別層・下部相」で,岩石区分では「礫岩・砂岩」となっています。
  • 塊状の硬い地層が地表近くにあったため,侵食が進むにつれ硬い部分の周辺が剥離落下して堆積し,次第に奇岩より下は,まるでスカートをはいているようになったのでしょう。
  • 堆積した部分-デブリ-は,小さな岩片のため植物が生え,最終的には土壌になります。
  • この奇岩は,「差別侵食」の結果なのか,何らかの理由で転がってきたのか,など全くわかりません。
【記事,引用情報,お断りなど】
【記事】
  • 野寒布岬の日本海側の付け根にある西浜地区付近から,はるか南のオタコシベツ川の河口付近まで,長大な「砂浜海岸」が続いています。
  • 単調とも思える砂浜海岸にも所々で地形の変化があって,抜海漁港の場所では,「抜海岬」という小さな岬が外洋に向かって突き出ています。
  • それは,「周氷河地形」である「抜海丘陵」が,日本海に向かってせり出しているためなのです。
  • 「抜海岩」は,この抜海丘陵の足下にあります。
【引用情報】
【参考情報】
【お断り】
  • 奇岩の位置については,地図検索のページをご覧ください。
  • 旧版において掲載していた「周辺のジオサイトや観光地」と「交通概況」については,情報が陳腐化してきたことから削除しました。 メジャーな検索サイトのご利用をお願いします。
【奇岩の位置座標】

座標データ: 141.6205108 : 45.3081907
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