歌川広重も感動した,らしい 類型:その他(剣)
  双剣石(そうけんせき) 鹿児島県南さつま市坊津町
【奇岩の写真】

坊津歴史資料センター輝津館からの海上に浮かぶ双剣石。
 中央の背の高い方が「大太刀」で,右側の鋭い方が「小太刀」です。
【いわれ,特徴,エピソード等】
  • 国指定の名勝である薩摩半島南端の「坊津」は,歴史的には遣唐使船の寄港地として,また薩摩藩の密貿易の拠点として有名です。
  • この坊津に,いにしえの昔から「双剣石」と呼ばれている奇岩が存在します。
  • 双剣石は,坊浦入口の網代浜近くの海上に位置し,剣のような岩体が天に向かって対峙するようにそそり立っています。
  • 左側の大太刀である岩体(雄)の高さは27メートル,右側の小太刀である岩体(雌)の高さは21メートルです。
  • 江戸時代の浮世絵師として一世を風靡した歌川(安藤)広重もこの双剣石を見ていたく感動し,美しい一幅の絵を後世に残しました。
  • また幕末から明治初期にかけて活躍した鹿児島の国学者であり歌人の薩摩藩士八田知紀は,この双剣石を見て,焼太刀の名に負う磯の岩が根は「ぬけ出てこそさやに見えけれ」という歌を詠み上げました。
  • 後陽成天皇の勅勘を蒙り,ここ坊津に1594年に流された近衛信尹は,3年の間,この双剣石や坊津八景を眺めて暮らし,その無聊を慰めたと言われています。
  • 多くの歴史的ないわれを持つこの双剣石,ぜひ一度ご覧ください。
【地形と地質の三次元イメージ】


20万分の1 シームレス地質図(出典,下記)

【奇岩とその周辺の地形と地質】

  • 「双剣石」のある坊津は,主として「四万十層群」の厚さ5~10㎝程度の砂岩・頁岩互層を基盤としています。
  • この地層は全体的に70度ほどの傾斜を持ち,激しく褶曲している部分もあります。
  • 坊津地域の特徴は,開析谷が沈水して多くの湾や樹枝状の入江,大小の島嶼や岩礁などが発達した顕著な「リアス海岸」です。
  • 尾根や開析谷が沈水した後,東シナ海の激しい波浪によって,尾根の部分は急傾斜になるまで削られ,海水面すれすれのところは水平に削られて棚ができたのです。
【記事・引用情報,お断りなど】
【記事】
  • 約11万年前(第四紀更新世後期),阿多カルデラを形成した巨大噴火は,南九州一円に大きな影響を与えましたが,その噴出物が強く溶結しており,付近の山々の谷部分では厚く,尾根部分では薄く堆積しています。
  • 坊泊の海岸線まで押し寄せたのです。
【引用情報】
【参考情報】
  • 有用な情報を調査中です。
【お断り】
  • 奇岩の位置については,地図検索のページをご覧ください。
  • 旧版において掲載していた「周辺のジオサイトや観光地」と「交通概況」については,情報が陳腐化してきたことから削除しました。 メジャーな検索サイトのご利用をお願いします。
【奇岩の位置座標】

座標データ: 130.2152696 : 31.2628228