カムイノミが行われた場所 | 類型:歴史 | |
瞰望岩(がんぼういわ) | 北海道遠軽町 |
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奇岩の写真 |
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![]() 南東側湧別川対岸からの瞰望岩 |
![]() 瞰望岩と遠軽市街地の空撮。 初秋の9月,午前10時頃 |
いわれ,特徴,エピソード等 |
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瞰望岩周辺には縄文時代から遺跡が連綿と遺されており,この巨岩が本地域のランドマークであったことが窺えます。 安政5(1858)年,「北海道」の名付け親である松浦武四郎は,著書『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌(中)第27巻西部由宇辺都誌』において,「インカルシ 右の方高い岩が一つある。 (中略)その岩の名前は,むかしクスリ(釧路),トカチ(十勝)などのアイヌの人々が多くこの場所へ軍に来たときに,皆この岩上から方々を眺望したことに由来する。 よってこの名前がついた。インカルウシは物見のことを云う。」と記載しています。 本地域は,明治の開拓期以降,洪水などの水害に悩まされてきた地域であり,伝説「インガルシの戦い」は,現代の遠軽に生きる人たちにとって自然災害に対する教訓にもなっています。 |
地形・地質の概要 |
瞰望岩の岩石は主に,溶岩が壊れてばらばらになったものが火山灰と一緒に水中に堆積して固まった火山角礫岩からできています。 このことを示すように,瞰望岩をつくるものは,水中に噴出した溶岩が急冷されたために,破壊され角礫の集合になった水冷破砕岩と考えられるものも多く含まれています。 この火山角礫岩はその後,付近を流れる湧別川によって削られ,地上78mの現在の姿はその浸食をまぬがれて残った部分です。 |
奇岩近傍の三次元地形イメージ |
![]() 「瞰望岩」は,「湧別川」の左岸に広がる「河成段丘」から,川に向かって突き出ている巨大な岩塊です。 「火山角礫岩」でも特に硬かったため,湧別川の「側方侵食」を免れたのです。 |
周辺のジオサイトや観光地 |
☆白滝ジオパーク ☆景観文化財 ☆観光地 |
交通概況 |
☆鉄道 ☆高速バス |
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