|
【投稿者:高木 秀雄氏】
- 砥部衝上断層は,ほぼ東西走向で北に30°~40°傾斜し,下盤側の第三紀中新世の久万層群明神層の礫岩の上に,三波川結晶片岩を挟んで上部白亜紀の和泉層群が,南に向かってのし上げた衝上(しょうじょう)断層です。
領家帯の和泉層群の南縁を境する断層ということで,西南日本を縦断する中央構造線に相当します。
久万層群はかつては始新世の地層と言われていましたが,最近の調査で明神層に相当する部分は,中新世ということが明らかにされています。
また,久万層群と和泉層群に挟まれて,従来より火成岩岩脈と考えられていた褐色の岩体は,三波川結晶片岩が変質したもの(中に方解石を多量に含むので,風化すると褐色を帯びます)ということが,高木・竹下ほか(1992:地質学雑誌11月号)で明らかにされています。
左の写真では,明神層の礫岩とそれに挟まれる砂岩が,衝上運動によって引きずられる様子が観察できます。
もう少し近づいてみると,三波川結晶片岩由来の剪断帯の構造として,教科書的な複合剪断面(P,Y,R1)が観察され,北(写真の右方向)に向かってずり落ちる正断層のセンスの組織を明瞭に示しています。 一体これはどういうことでしょうか?<。
- これは次のように考えています。
久万層群を不整合で載せている三波川変成岩の中でも方解石の多い流動的な部分が,南北圧縮時に和泉層群の衝上運動に伴って,挟み込まれて一緒に上昇し,久万層群の上にのし上がりました。
その時期は,久万層群明神層が中新世ということですので,それ以降(1500万年よりは前)と考えられます。
1500万年より少し後に,石鎚山や瀬戸内地域に膨大な火山岩が貫入・噴出しました。
中央構造線沿いにも各地でマグマが上昇し,安山岩~石英安山岩質の岩脈が形成しています(ただし,砥部衝上にはそれはありません)。
そのようなマグマが上昇しやすい場は,おそらく南北に地殻が引っ張られていた場であったと思われます。
そのような南北伸張場では,低角度の断層はそれに呼応して上盤がずり下がる正断層運動のすべりが誘発されます。
- 右の写真にある三波川変成岩由来の断層ガウジ(粘土)には,断層運動に伴って熱水が循環して変質した結果,イライトという粘土鉱物が生じています。
そのK-Ar年代を測定した所,およそ1,470万年という値が出ました。 この年代は石鎚山の形成の年代と一致します。
つまり,この年代は,砥部衝上断層の運動が衝上断層から正断層に反転した時を示していると考えられます。
ただし,衝上断層と正断層のずれの量を比べれば,衝上断層の方が大きいことは明らかです。
なぜならば,古い地層である和泉層群が,新しい地層である久万層群の上に乗っているからです。
- さらに,川の150mほど上流側(南)では,明神層の下に,基盤をなす三波川変成岩が分布しています。
その境界付近には,三波川変成岩のみからなる角礫を含む礫岩層が,三波川変成岩の上に不整合で薄く挟み込まれています。
その地層(二名層)の時代は,必ずしもまだ明確ではありませんが,明神層との間に断層は見られませんし,明神層の中に三波川変成岩の礫も含まれていません(不整合には見えません)。
つまり,この角礫岩層も中新世の地層の可能性があります。
このことは,圧力の高い所で生成した三波川変成岩がいつ地表に顔を出し,礫として浸食されるレベルに達したかという重要な問題にかかわってきます。
- そのような意味でも,砥部衝上は,天然記念物に匹敵する,学術的にも重要な場所なのです。
|