| 地形・地質の特徴 |
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新第三紀層,堆積岩,付加体,礫岩,砂岩,泥岩 |
| 地形と地質の三次元イメージ |
標高段彩図上でマウスクリックすると「5万分の1 地質図幅『三崎』(出典,下記)」を表示します。 ダブルクリックで元に戻ります。![]() 「城ヶ島」は,関東地震の時に隆起した「波食棚」で取り囲まれており,島の中心部は,標高30m前後の「海成段丘(海岸段丘)面」です。 「洗濯板状地形」の地層は,「三浦層群三崎層」や「三浦層群初音層」と言います。 この内,三崎層は太平洋の深海で堆積した「砂岩・泥岩互層」で,「付加体」となってこの場所まで移動してきました。 これに対し, 段丘面の地層は,後期更新世前期(約12万年前頃)の未固結層と,極めて若い地層となっています。 本図と本文は「日本の地形千景プラス:城ヶ島の洗濯板状地形と海成段丘(日本の地質百選・日本の地質案内:城ヶ島)」からの引用です。 |
| 海食洞の概略位置(本ページ掲載分) |
![]() 赤矢印は,本ページで紹介する「海食洞」です。 何れも,太平洋の荒波によって削られた「海食崖」にあります。 |
| 【現場写真】 馬の背洞門 |
![]() 「馬の背洞門」は,城ヶ島観光の目玉となっており,多くの観光客でにぎわっています。 メインの洞窟の左には,小さな(直径1m位)の貫通した「海食洞」が存在しており,これは「海食洞A1」と繋がっています。 |
![]() 「馬の背洞門」の真上近くに遊歩道が作られています。 ここから眺めると,「馬の背」を実感できます。 背中には亀裂も入っているように見えるので,これが本物の亀裂だとしたら,岩自体が「軟岩」なのでいずれ崩壊してしまうでしょう。 洞門の右上には「隆起波食棚」が広がっています。 「大正関東地震(関東大震災)」において,城ヶ島は約1.7m隆起したことがわかっているので, 写真上部で人が立っているあたりは,地震以前は海中だったのかもしれません。 |
| 【現場写真】馬の背洞門南側の海食洞A |
![]() 「馬の背洞門」は小さな岬になっており,その東側には大小数箇所に「海食洞」が分布しています。 最も大きいものは馬の背洞門に隣接する「海食洞A1」で,現在も洞内に海水が入り込んでいます。 そして,反対側の海食崖に達する,直径約1mの小さな貫通孔が存在するのです。 「海食洞A2」と「海食洞A3」は,海面から数メートル上に存在するので,地震による隆起以前に形成された海食洞となります。 なお,海面近くには「ノッチ」と思われる岩壁の窪みが存在しています。 |
| 【現場写真】地下壕 |
![]() 「海食洞A」群の北側の海岸には「地下壕」が存在しています。 元々は「海食洞」だったものを地下壕として利用するために,人工掘削したもののようです。 地下壕に向かって左側に石段が建設されているので,本格的に使うつもりだったように思います。 |
| 【現場写真】南側海食崖の海食洞B |
![]() 「海食崖」が一番奥まっているところに存在する「海食洞」です。 岩壁に小さな穴が開いていますが,これは恐らく「塩類風化」による「タフォニ」でしょう。 |
| 【現場写真】安房崎近くの「龍神」海食洞? |
![]() 「安房崎」近くにある「龍神」と言う洞窟です。 GoogleMapsでは「龍神社」のマークがついています。 洞窟の奥の部分は人工的に整形されており,お賽銭や酒瓶が供えられているので,(私設の)神社のように思えます。 全体の形からすると「海食洞」と思われますが,標高6mほどの「隆起波食棚」の上にあることから,洪積世頃の地震によって離水したものでしょう。 |
| 【引用情報・参考情報】 |
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【引用情報】
【参考情報】
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