静岡県:丹那断層[丹那盆地渇水碑,丹那断層,丹那断層を空から見る]
  (日本の地質百選:丹那断層)
地質の特徴

・活断層,1930北伊豆地震,新規断層地形,丹那トンネル変形,渇水

投稿者による写真とその説明 : 丹那盆地渇水碑

【投稿者:大島 洋志氏】

  • JR東海道本線の丹那トンネル(延長7,841m)は,大正7(1918)年に着工したが,大湧水と膨張性の地圧の両面から,いつ果てるともしれない難工事となり,16年後の昭和8(1934)年にやっと竣工した。
  • 大量の坑内湧水は地表部(特にトンネル中央直上部にある丹那盆地一帯)の水利用に相当な影響を与えるところとなり,地元は鉄道省に対しその補償要求に心血を注いだようである。
    丹那盆地の西出口付近に地元が『渇水碑』と呼んでいる道路脇の一角の築山の真ん中に置かれた石碑(地図及び写真参照)には,「由来 我郷土タル水利潅漑ノ・・・」で始まる碑文(碑文抜粋参照)が刻まれている。
  • 丹那トンネルはこ ういった面で,土木(トンネル)工事に伴う環境(渇水)問題のわが国におけるルーツとされている。
  • 当トンネルは建設中に関東大震災(1923年)と 北伊豆地震(1930年)という大地震を2度も受けているが,北伊豆地震の際には,丹那盆地を南北に横断する丹那断層が変位したため,西側ブロックが水平に南へ約2.4m,鉛直に約0.6mほど沈下し,このずれに対応するため,断層を挟んでR=1,000mの曲線が挿入されている。
    このズレは地上部にも現れ,丹那盆地の東南端部には,ちょうど渇水碑を挟んで盆地の反対側に当たる箇所に「天然記念物丹那断層」を発掘・展示した公園がある。

【参考資料】
  昭和8年12月,鉄道省熱海建設事務所刊行,『丹那トンネルの話』

丹那断層を空から見る 「国土地理院,都市圏活断層図」

撮影:大島 洋志氏。 平成18年10月16日。  注 右図は,参照用の「都市圏活断層図(熱海)」です。
投稿者による写真とその説明 : 丹那断層露頭

【投稿者:岩松 暉氏】

  • 1930年11月26日マグニチュード7.3の「北伊豆地震」が発生し,伊豆半島の丹那盆地や田代盆地を通る地震断層が出現しました。
    今でも左横ずれの変位が観察されます。
  • 写真①は,丹那盆地の丹那断層公園です。
    赤い杭をつなぐ方向が断層線で,この真上にあった建物の石垣や水路の石組みが約2.5mずれているのがわかります。
    ここでは地面を掘って溝(トレンチ)をつくり,実際に断層を掘り出しました(写真②)。 現在でも丹那断層地下観察館として保存されています。
    なお,ここは国の天然記念物に指定されており,道路標識も出ています。
  • 田代では火雷神社の鳥居と石段の間で向かって左側に1mほどずれました(写真③)。
    右側が昔の石段で,左側の石段は地震後作られて今も使われている石段です。昔の鳥居は片方の柱だけ残っています。
    あとの笠木(上の横棒)や貫(下の横棒)は散らばったままです。
  • 丹那断層はそれまでも動いたことのある活断層だ,と指摘したのは火山学者の「故久野 久」です。
    地形図(写真④)から,「谷筋が約1km左にずれている。」と述べました。
    なお,この北伊豆地震の際,ちょうど丹那トンネルを掘削中でしたので,トンネル切り羽が実際に2mずれました。
    丹那断層「丹那盆地渇水記念碑」を参照してください。
地形の三次元イメージ : 丹那断層核心部(1930年北伊豆地震)

(左)北部(函南町)。      (右)南部(伊豆の国市)。
「丹那断層」は,左横ずれ断層とのことですが,リニアメントからは東落ち断層のように見えてしまいます。
【記事・引用情報と参考情報】

【記事】

  • 1930年11月26日に発生した「北伊豆地震】で左横ずれ断層が出現し,当時工事中の「丹那トンネル】もずれました。

【引用情報】

【参考情報】

  • 日本地質学会 > 丹那断層と丹那トンネル難工事と二つの大地震 その1 その2

【お断り】

  • 本ページは,旧GUPIのウェブサイト「地質情報ポータルサイト」で公開されていた「日本の地質案内」を基にして,事務局が「三次元地形図」,「三次元地質図」や若干の記事などを追加したものです。