福島県:会津磐梯山の山体崩壊と流れ山
 (日本の地質百選:磐梯山)[自然災害の記憶:山体崩壊と岩屑なだれ]
地形・地質の特徴

火山地形,山体崩壊,流れ山,岩屑なだれ堆積物,アバランシュ・バレー,日本百名山

地形の三次元イメージ : 山体崩壊と岩屑なだれ(北斜面)
  • かつて,磐梯山には「大磐梯山」と「小磐梯山」という,二つの山頂がありました(もちろん,他にもありましたが)。
  • ところが,1888年(明治21年)に,小磐梯山が「山体崩壊」を起こしたのです。
  • 崩壊によって発生した膨大な土砂は「岩屑なだれ」となって斜面を滑り落ち,短時間で山麓まで達しました。
  • 山麓や平地ではこれらが積み重なって「流れ山」ができました。 一方,谷は埋められて無数の「堰止湖」が作られました。
    「檜原湖」,「曽原湖」,「小野川湖」や「秋元湖」に加え,「五色沼」など比較的小さな池や沼ができたのです。
  • かつての大磐梯山が現在の磐梯山です。
地形と地質の三次元イメージ及び現場写真 : 山体崩壊と岩屑なだれ(北斜面:視点変更,拡大表示)
三次元地形図上でマウスクリックすると,産総研・地質調査総合センターの「5万分の1 地質図幅『磐梯山』(出典,下記)」を表示します。

5万分の1 地質図幅『磐梯山』の主な凡例は,ここをクリックしてください。 別ウィンドウで表示します。
  • 山頂近くの「山体崩壊」の跡とは異なる崩壊の跡が,中腹に残っています。
  • 「LS」は「地すべり状滑落崖」と言います。 そして,二つのLその中間にある「線状凹地(窪地)」は,「アバランシュ・バレー」と言って火山性の崩壊地形に特有のもの,とされていますが,原因等は未解明のようです。

弘法清水小屋付近からの裏磐梯です。 日影になっている場所にある沼は「銅(あか)沼」で,その向こうは「檜原湖」です。

登山道の眼下には,「櫛ヶ峰」直下の山体崩壊地が広がっています。
地形の三次元イメージ : 山体崩壊と岩屑なだれ(南西斜面)
三次元地形図上でマウスクリックすると,産総研・地質調査総合センターの「5万分の1 地質図幅『磐梯山』(出典,下記)」を表示します。

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  • 南西斜面の「流れ山」は, 北面と違って後期更新世の「岩屑なだれ」によってできたもので, 「翁島」も流れ山の一つです。
  • 形成時から相当程度時間が経過しているので,流れ山で堰止められた「湖」や「沼」の多くは陸地化が進み,現在は湿地へと変化しました。
  • また,南西斜面の山頂部はその後の噴火による噴出物によっておおわれていて,どこで崩壊が発生したのか,地形情報だけではわかりません。
地形の三次元イメージ及び現場写真 : 沼ノ平と琵琶沢岩屑なだれ
三次元地形図上でマウスクリックすると,産総研・地質調査総合センターの「5万分の1 地質図幅『磐梯山』(出典,下記)」を表示します。

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  • 「沼ノ平」は,「(大)磐梯山」,「櫛ヶ峰」と「赤埴山」という火山群に囲まれた火口状の地形ですが,実は火口ではありません。
  • 沼ノ平の北側の一番大きな沼の辺りにあった火山が「山体崩壊」を起こし,「琵琶沢岩屑なだれ(Bw)」となって下流に押し寄せたのです。
  • かなり流動性が高かったようで,猪苗代町の市街地付近まで押し寄せたことがわかっています。

(左)磐梯山頂直下からの「沼ノ平」です。 画像中央やや上の三角形の草地は,地形図で湿原の印のある場所です。
(右) 「沼ノ平」から,磐梯山の山頂を仰ぎ見た所です。 沼ノ平には大きな池の痕跡があります。
しかし,写真のように沖積錐が発生しているため,徐々に泥などの堆積が進み,近い将来全て干上がってしまうでしょう。
磐梯山

この登山ルートは,深田久弥の登山ルートを再現しました。
  • 深田久弥は,猪苗代スキー場→赤埴山→沼ノ平→弘法清水小屋→磐梯山,のルートで登頂を果たし,下山は裏磐梯へ抜けたようです。
  • 本ページの編者も,1996年10月に下山ルートとして利用したことがあります(掲載の写真は,全てその時のものです)。
  • 標高差は1,116mですが,赤埴山の下りがあるので歩行高さは約1,220m,歩行距離は約7.0kmとなります。健脚者ならば登頂まで,約4時間でしょうか。
記事,引用情報と参考情報

【記事】

  • 1888年(明治21年)7月15日,「小磐梯山」が「山体崩壊」を起こしました。
    注 山体崩壊の原因は,①水蒸気爆発である,②そうではない,いう説があります。 従来は①説で,②は新説です。
  • 発生した岩屑なだれによって,長瀬川とその支流がせき止められ,桧原湖,小野川湖,秋元湖,五色沼をはじめ,大小さまざまな湖沼が形成されました。
  • 関連して発生した土石流などにより,北麓の5ヶ村11集落が埋没するなどの大きな被害が発生し,477人が亡くなりました。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】

  • 「地質情報ポータルサイト」で公開されていた「日本の地質百選」,「日本の地質案内」と「日本の地形千景」の各ページを統合しました。
  • また,「自然災害の記憶」と「日本百名山」からもアクセスできるようにデーベースを改良しました。