青森県:三内丸山遺跡
地形の特徴

縄文時代,縄文遺跡

地形と地質の三次元イメージ(産総研・1/20万 シームレス地質図)
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「1/20万 シームレス地質図(出典,下記)」を表示します。

「三内丸山遺跡」は,後期更新世前期(約10万年前頃)に形成された「海成段丘」の上に存在しています。
海の魚類も食料としていたことがわかっておりますが,(現在の)海岸線は遥か彼方にあります。 何故,こんなところに?。
縄文時代(約5000年前)の海岸線の三次元イメージ

本イメージは,海面が5.0m上昇している,と仮定して作成した地形図です。 「三内丸山遺跡」のすぐ近くに入江があることがわかります。
更に,この入江は奥行きがあるため,古集落の辺りは嵐の時でも波が穏やかであったろう,と想像できます。
なお,この入江は現在運転試験場や学校として利用されており,土地がかなり整形されているため,当時の海岸線を正確には再現できていません。
【現場写真】

三内丸山遺跡。 縄文時代(約5,000年前)は,正面奥の林のすぐ先まで海(入江)だったのです。
【記事・引用情報・参考情報】

【記事】

  • 縄文時代の集落は,現在の海岸線から遥かに離れたところに設けられました。
  • それは,約5000年前の海水準(海面の高さ)は,現在よりも約5m高かったからです。
  • このことは,地球規模で起こっていたので,全世界的に海抜5mより低い土地(平野や島)は,全て海の下だったのです

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】