| 長崎県:離島炭鉱[高島,端島,池島,松島] |
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| 地形の特徴 |
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炭鉱,廃鉱,離島 |
| 地形の三次元イメージと地上写真 : 高島(高島炭鉱) |
![]() 高島炭鉱: 江戸時代から,小規模の炭鉱が存在していました。 1868年に「佐賀藩とトーマス・グラバー」が経営に乗り出しました。 蒸気機関によって「北渓井坑(高島坑)」と呼ばれる竪坑(立坑)が掘削され,本格的な採炭事業が開始されました。 1881年に三菱に譲渡され,その後日本有数の炭鉱となりました。 しかし,1986(昭和61年)に,国の石炭政策の変更等により閉山しました。 |
![]() 閉山する5年前の姿です。 左の赤い色の櫓は稼働中の「二子竪坑」です。 この時すでに端島(軍艦島)は閉山済みで,無人島と化しており,近くまで行くことはできませんでした。 |
| 地形の三次元イメージ : 端島[軍艦島](高島炭鉱端島炭坑),中ノ島(高島炭鉱中ノ島炭坑) |
![]() 高島炭鉱,端島炭坑・中ノ島炭坑: 炭鉱島である「端島」は,通称の「軍艦島」の方がはるかに有名です。 僅か全長400m余りの島に,炭鉱,住居,学校や病院などが建設されていたので,横からみたら軍艦のように見えたからです。 竪坑を掘削し,海底の炭層から採炭する海底炭鉱として,規模は高島坑を上回る程だったのことです。 しかし,高島坑同様国の石炭政策の変更等により,1974(昭和49)年閉山しました。 その後は無人島です。 |
| 地形の三次元イメージ : 池島(池島炭鉱) |
![]() 池島炭鉱: 松島炭鉱(株)が1959(昭和34)年に「松島炭鉱池島鉱業所」として開坑しました。 良質炭のため需要が多く,1985年には150万トンを超える採炭量を誇りました。 しかし,1900年代になると坑内事故が発生したこと,安価な海外炭の輸入に押されたことなどにより,2001年に閉山となりました。 |
| 地形の三次元イメージ : 松島(松島炭鉱) |
![]() 松島炭鉱: 江戸時代から,小規模の炭鉱が存在していました。 本格的になったのは「松島炭鉱(株)」が経営に乗り出した1913年頃です。 最盛期は大正時代から昭和初期でした。 しかし,1929年に第三坑の出水事故で死者が42名,1934年に第四坑での出水事故で死者が54名の事故があり, 結局,1935年に閉山となりました。 |
| 地形の三次元イメージ : 大島(大島炭鉱) |
![]() 大島炭鉱: 松島炭鉱が水没事故で廃鉱(閉山)となった後,松島炭鉱(株)が1935(昭和10)年に「松島炭鉱大島鉱業所」として開坑しました。 採掘は戦後も続き,採炭のピークは1965(昭和40)年でしたが,閉山したのは僅か5年後の1970(昭和45)年のことでした。 |
| 地形の三次元イメージ : 蛎浦島(崎戸炭鉱) |
![]() 崎戸炭鉱:(明治40)年,九州炭礦汽船によって,「蛎浦坑(第一坑)」,「浅坑(第二坑)」と「福浦坑(第三坑)」が順次開坑しました。 1940(昭和15)年に三菱鉱業によって買収され,戦時中の1943(昭和18)年には,126万トンの採炭量がありました。 戦後も,20年近く採炭が行われましたが,安価な海岸炭の輸入に伴う規模の縮小により,1968(昭和43)年に閉山となりました。 |
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