佐賀県:東松浦半島の溶岩台地
地形の特徴

熔岩台地,リアス海岸(溺れ谷),海食崖

地形と地質の三次元イメージ : 東松浦半島と近傍の島々
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「1/20万 シームレス地質図(出典,下記)」を表示します。

「東松浦半島」には,新生代新第三紀中新世から鮮新世にかけて噴出した,「玄武岩台地」が広がっています。
一般的に「東松浦玄武岩」と呼ばれています。
比較的風化・侵食に弱く,地表面はこの地方で「オンジャク土(温石土)」とよばれる一種の特殊土へと変化しています。
10回以上の噴火が続いた結果,玄武岩溶岩の厚さは300mにも達しています。 個々の噴火で20mないし30m程度の溶岩が,噴出したことでしょう。
半島の海岸線は入り組んでおり,地形用語で「リアス海岸(溺れ谷)」と呼ばれています。
大地の沈降現象が報告されていないことより,溶岩流が流れた後で発生した海水準の上昇によるものと思われます。
地形(標高段彩図)の三次元イメージ : 名護屋浦,名古屋城址とその周辺

秀吉が築いた「名護屋城」の時代,「名護屋浦」の対岸に陣地を置いた大名がいました。 徳川家康,伊達政宗,毛利秀頼に黒田長政などです。
お目見えする時,40m程の崖を降りて船に乗り,今度は天守閣まで80m程を登ったのでしょうか。 強靭さに驚愕しますね。
なお, 「加部島」の地質は,半島と同じ「東松浦玄武岩」です。
陸続きだった溶岩台地が,後に分かれた,ということは考えにくいので,「天童岳」などが噴火口だった可能性があります。
地形(標高段彩図)の三次元イメージ :有浦川とその流域

「有浦川」は,「下刻侵食」の激しいことで知られています。
地表の「アルカリ玄武岩類」と,基盤とも言うべき古第三紀始新世の「砂岩・泥岩層」までしっかり侵食し,高さ160mを超える深い谷を作ったのです。
谷底が平坦になっているので下刻侵食は一段落し,現在は「側方侵食」の段階にあるものと思われます。
【引用情報と参考情報】

【引用情報】

【参考情報】

  • 参考図書:そしえて文庫98,地図の風景 九州Ⅰ 福岡・佐賀・長崎,pp.110-115.,そしえて刊,1981年6月20日

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