立山カルデラは,弥陀ヶ原の南に位置し,東西約6.5km,南北約4.5km,標高差は実に500〜1,700mもある巨大なカルデラ(くぼ地)である。
弥陀ヶ原を構成する火砕流などを削り取った「浸食(侵食)カルデラ」である。
1858年4月9日に発生した「飛越地震」では,当時存在した「大鳶山」と「小鳶山」が完全に崩壊し,立山カルデラ内に大量の土砂が流れ込み,立山温泉の温泉客と従業員が大規模な土石流により死亡したとの記録が残っている。
一方,土石流によりせき止められていた「常願寺川」が旧暦3月10日(4月23日)と旧暦4月26日(6月8日)の2度にわたって決壊し,下流で大きな被害が発生している。
この山崩れは「鳶山崩れ」と名付けられ,「日本三大山岳崩壊(日本三大崩れ)」の1つに数えられている。
立山カルデラの源頭部が「ザラ峠」である。
豊臣秀吉の時代,元同僚で政敵となった「佐々成政」は,浜松の徳川家康に会うために,厳冬期の「沙羅沙羅越え」をしたが,その峠がこのザラ峠である,という説が有力である。 すなわち,富山から常願寺川沿いにザラ峠へ登り,ザラ峠から「黒部川」に降りて渡渉し,「針の木峠」を越えて信州の大町に出たとされている。
なお,「沙羅沙羅越え」は,飛騨・平湯温泉と信州・白骨温泉を結んでいた「旧安房峠(大峠,信濃峠)」のことである,と言う説も発表されている。 |
Wikipedia「立山カルデラ」
立山カルデラ(たてやまかるでら)は、富山県南東部の立山(立山火山)にあるカルデラ。・・・・・・・
立山カルデラ砂防博物館
立山黒部アルペンルート(弥陀ヶ原台地)の南側に知られざるもう一つの立山ともいうべき「立山カルデラ」があります。
立山に行こう
トロッコで行く立山カルデラ秘境の旅・・・・[立山黒部アルペンルートのポータルサイト]
国土交通省 北陸地方整備局 立山砂防事務所
立山カルデラにおける微小地震臨時観測
和田博夫・伊藤 潔・大見士朗・平野憲雄・森下可奈子:京都大学防災研究所年報,第48号,平成17年4月
知られざるもうひとつの立山−立山カルデラへの招待
菊川 茂:地質ニュース616号,58 ―63頁,2005年12月
立山カルデラ展望台からの眺望
立山カルデラライブカメラ[国交省 立山砂防事務所] |