三重県:磨砂の採取場跡と地下工場跡
地形・地質の特徴

磨砂,火山ガラス,採取場,地下採取場,地下工場

地形と地質の三次元イメージ(産総研・1/5万 地質図幅:津西部)
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「1/5万 地質図幅:津西部(出典,下記)」を表示します。

金属材料の研磨剤として利用されている「磨砂(みがき砂)」は,大多数の成分が「火山ガラス」で構成されています。
砂と名付けられていますが,細粒分が多いために「砂質土」というより「粘性土」に近い性質をもっています。
地質図で,「Ak:阿漕火山灰層」と示された部分に限って分布しており,その範囲は意外にも狭いことがわかります。
【露頭写真】 磨砂の露天採取場と露頭

火山ガラスを多く含む「磨砂」の採取場と露頭です。 極めて軟らかく,粒子が固結していないため,雨による侵食に弱いのが特徴です。
【露頭写真】 磨砂の坑内採取場跡

池のほとりに,「坑道掘削」のための坑口が半分埋もれかけて残っていました。 この池が,露天掘削場の跡地か,元々の池だったかはわかっていません。
【露頭写真】 磨砂の坑内採取場跡

大規模な坑道掘削による採取場の跡地です。 写真撮影後しばらくして整地されてしまい,現在は残っていません。
【露頭写真】 利用施設(磨洞温泉)と磨砂の坑内採取場跡

(左)地下採取場の跡地を,温泉の浴室などとして利用している「磨洞温泉(涼風荘)」の内部です。
(右)地下採取場の跡地に残された,天井を支えるための柱(残柱)です。
いずれの跡地も,「残柱」と「残柱~天盤」の形がアーチになっています。 方形よりアーチの方が,天盤の支持力は大きくなります。
第二次世界大戦下の地下工場見取り図(米軍資料)

2次世界大戦末期に掘削された,戦闘機を作るための地下工場の見取り図です(米軍資料を基に修正,加筆)。 
彩色部分は「坑道」です。 地下工場の全幅は150mほどで,2段構造となっていたようです。
当時と現在の地形が大幅に変わっているので,実際にどこに存在したのか,わからなくなっているようです(事務局も不明)。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 津市半田地区の磨砂は,1600年代の半ば頃から精米時の研磨剤として使用された,との文献があります。
  • 三重県の資料によると,最盛時の昭和25年頃には約2万トンほど採取されたようです。現代の主な用途は,研磨剤とセメント混入用などでしたが,一時は洗剤としても利用されました。

【引用情報】

【参考情報】

  • 奈良県と大阪府の境界に位置する「二上火山」が噴火した際の「降下火山ガラス」が河川に流れ込み,半田地区という狭い範囲に厚く堆積した,と言う説がもっとも有力らしいです(最終的な真偽は未確認です)。
  • 西岡 孝尚他6氏:津市半田地区に分布する「みがき砂」の地盤工学的特性,地盤工学ジャーナル,第11巻,第3号,pp.229-246.2016年

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